| 1.はじめに
年金数理人という言葉は良く分かっているようで、実はその一部しか分かっていないということもあるのではないでしょうか?年金用語としての「年金数理人」から、実体としての年金数理人まで、幅広く捉えて見ていきたいと思います。
2.年金数理人とは?
皆さんは年金数理人と聞いてどのようなイメージを持たれますか?「年金数理人といえば○○さん」と、具体的に長年親しんだ特定の方の顔や話し方まですぐに思い浮かぶ場合もあれば、世間的にはまだまだメジャーな存在ではありませんので、耳でしか聞いたことがない人にとっては「年金 推理 人て何だろう、何かを当てる人だろうか?」と、大きく誤解している方もいらっしゃるかもしれません。年金数理人制度の歴史は次のとおりそう古いものではありません。
この制度の趣旨は、事前積立を原則とするこれらの制度の財政が健全な年金数理に基づいて運営されることを確保し、これにより加入員等の受給権を保護することを目的としています。実はここに非常に重要なキーワードが含まれています。即ち「加入員等の受給権を保護する」です。これについてはまた後で述べることとします。
さて、少し堅い話になってしまいますが、年金数理人は厚生年金保険法及び確定給付企業年金法に規定されています。それによれば、年金数理人のメインの業務は年金数理に関する書類の正当性を確認することです。即ち、計算そのものは年金数理人しか行えないわけではなく、年金数理人が正当性を確認できる書類を作成できるのであれば、資格を持っていない人〜例えば皆様方〜が計算して書類を作成することは許容されています。実際、年金数理人の卵である比較的若手の社員が計算を行い、年金数理人がその内容を検証・確認することはよくあります。
更に、厚生年金基金制度においては年金数理人が継続的に厚生年金基金の財政運営をチェックすることを可能とするために、行政指導によって「指定年金数理人制度」が設けられています。
3.年金数理人とアクチュアリー
皆様方から、年金数理人と似ているけれどその違いが分からないと言われるものに「アクチュアリー」があります。アクチュアリー (actuary) はラテン語で「 actus( 公務の ) 記録員」を意味する ”actuarius” が語源で、 ”actus” は英語で言えば ”records” です。
わが国ではアクチュアリーの歴史は古く、生命保険分野を中心に 100 年以上前から ( 社 ) 日本アクチュアリー会を組成して活動してきています。単にアクチュアリーと呼んだ場合はこの ( 社 ) 日本アクチュアリー会正会員を指すことが多く、主に従事している業務のカテゴリーから以下のとおり分けて呼ばれることも有ります。
・生保アクチュアリー
・損保アクチュアリー
・年金アクチュアリー
年金数理人となるためには単にこの ( 社 ) 日本アクチュアリー会正会員資格を有しているだけではなく、省令において以下を満たす者とされています。
厚生労働大臣の定める基準に該当
・基金等の年金数理に関する業務に 5 年以上従事したことがある
更に、厚生省 ( 当時 ) による行政指導で、実際の運用はつぎのとおりとされています。
( 社 ) 日本アクチュアリー会の正会員
基金の年金数理の業務に 5 年以上従事
うち少なくとも 2 年間は責任者として業務に携った者
また、 ( 社 ) 日本アクチュアリー会正会員となるためには、次のステップが必要となります。

各試験は次のとおりです。
第 1 次試験 (5 科目 )
数学
生保数理
損保数理
年金数理
会計・経済・投資理論
第 2 次試験 (2 科目 )
生保コース
損保コース
年金コース
年金数理人を志す場合は通常は第 2 次試験では年金コースを選択し、厚生年金基金、確定給付企業年金、適格退職年金、退職給付会計、公的年金など幅広い分野に関する、主として論述式の試験に臨みます。
試験は年 1 回 12 月に実施されていますので、理論的には最短 2 年で ( 社 ) 日本アクチュアリー会正会員資格を取得できます。しかしながらそう易しい試験ではないため、現実には数年かかって取得するのが一般的です。
[ → ( 社 ) 日本アクチュアリー会ホームページ http://www.actuaries.jp/ ]
一方、実務経験としては責任者として決算・再計算を行ったり、自らお客様のところに報告に伺ったりすることが必要とされています。会社によっても異なるでしょうが、責任者として業務に従事するには役職に就くことが一般的でしょうし、入社 2 〜 3 年目で直ぐに役職に就くことはあまり無いでしょうから、結果的には試験に早期に合格したとしてもその後実務経験を踏み、社会人としてもある程度一人前になったところで年金数理人として活躍することとなります。実数で見てもアクチュアリーが千人余の規模であるのに対し、年金数理人はわずか 400 名です (2005 年 11 月現在 ) 。
4.なぜ年金数理人が必要とされるのか?
年金制度に関わる登場人物の中で主役は誰かというと、それは「加入員等」すなわち制度に加入している或いは加入していた方々で、その代表的なものは企業の従業員です。それでは制度の運営主体は誰かというと年金制度によって次のとおり分かれます。
・厚生年金基金、企業年金基金
→ 基金
・適格退職年金・規約型の確定給付企業年金
→ 事業主
年金数理人は時折企業決算における会計監査人と対比されることがありますが、実際の財政運営の局面においては会計監査人とは異なった役割を担っています。それは年金財政運営が以下に述べるとおり企業会計とは異なった特別な事情を持っているからです。
下図をご覧ください。この図はある確定給付企業年金制度の財政状況を表したものです。中央と右側の太い線の部分が、実際の貸借対照表で目にする部分です。制度の運営主体である基金の常務理事・事務長或いは企業の人事・経理ご担当の皆様がまずご覧になるのは、別途積立金 ( 或いは繰越不足金 ) でしょう。これを見れば財政状況の善し悪しが分かるからです。次に見るのはどこでしょうか?とっつき易いのは年金資産でしょうか。

以前から制度を運営し続けてきている方々にとっては、平成 12 〜 14 年度に亘る魔の 3 年間を経験しているでしょうし、運用受託機関からの定期的な報告が有るために、自らもどうなれば年金資産が増えたり減ったりするのかがある程度イメージできるため、年金資産は馴染みが有るのだと思います。
一方、数理債務と特別掛金収入現価はどうでしょうか?少しずつ正体が怪しくなって来つつあるかもしれませんが、特別掛金収入現価は「将来払込まれる特別掛金の現時点での価値 ( =現価 ) 」ということでその金額も何となくは理解できそうですが、数理債務となるともはや理解の限度を越えるという方もいらっしゃるかもしれません。
これは企業会計では有り得ないことではないでしょうか?貸借対照表の勘定科目のうち、負債勘定で最大の位置を占める数理債務を、運営主体である基金、或いは事業主が容易に計算できない状況を年金財政運営では招来しています。
この数理債務は更に次のとおり計算されます。
数理債務=給付現価−標準掛金収入現価
最初に目が行く別途積立金に対して数理債務はその 11 倍、給付現価に至っては実に 20 倍の金額です。これらの数値はいずれも評価性の数値ですから、予定利率や脱退率、昇給率といった計算基礎率を用いて算定することとなります。これらの基礎率を選択するのは運営主体なのですが、実際には年金数理人がおすすめの率を提案したり、選択方法を助言したりすることで、かなり密接に絡むこととなります。こうして目に見える貸借対照表の数値の裏に潜んだより大きな数値を適正に計算する必要が有るため、現下の年金財政運営に当たっては年金数理人の存在が必要とされています。
さて、年金数理人が種々の計算を行う際の拠り所はどこに有るでしょうか?将来に起こりうる事象を過去の実績と将来の見込みという限られた材料で計算するには、ある一定の考え方が必要になります。これらは大きく大別すると 2 つに分かれます。保守的かそうでないかです。年金数理人は堅く堅く何でも保守的に捉えるものだと考えられがちでしょうが、実際はそうではありません。退職給付会計に関する計算においては最尤の ( 最も もらしい ) 推定 (best estimate) が求められます。年金財政に関わる計算においてもいたずらに保守的に取扱うわけではなく、なるべく実態と差が無い形での運営が出来るよう腐心しています。但し、将来どうなるかを考えてもどうなるか分かり得ないこともまま有ります。そういった場合には「受給権の保護」を第一に考えて、財政運営を提案するように心がけています。ここでいう受給権とは、勿論年金制度の主役である加入者及び加入者であった方が給付を受給する権利です。年金制度を安定的に運営するのは、取りも直さずこの給付を滞りなく行うためであり、従って年金数理人はこれに依って判断をすることが有ります。
5.年金数理人の活動分野
前述のとおり、年金数理人はもともとは厚生年金基金制度において始まったものですが、現在では以下のとおり様々な分野で活躍している方がいらっしゃいます。
◇所属している法人で見た場合
・生命保険会社、信託銀行
・損害保険会社、都市銀行、証券会社
・シンクタンク、コンサルティング会社、監査法人
・厚生年金基金、一般の事業会社
このように金融業界の枠を超えて様々な場所でその力を発揮しており、近年その数は増加傾向に有ります。
◇担当業務の内容から見た場合
・厚生年金基金
・退職給付会計
・確定給付企業年金
先発した厚生年金基金に加えて、退職給付会計基準が導入された平成 12 年 4 月以降は、退職給付債務・勤務費用といった企業会計の分野での数値の評価に関して年金数理人またはアクチュアリーの確認が必要となりました。退職給付制度という枠全体で見ると、年金制度に移行している部分のみならず、移行していない部分も併せて初めて年金数理人の確認の対象とされたわけですから、担当する業務分野の広がりといった観点からは画期的なものでした。
また、先の確定給付企業年金法の施行によって、確定給付企業年金においても財政決算、財政再計算時の年金数理人の確認が義務づけられました。これによって代行返上して確定給付企業年金に移行した厚生年金基金とともに、平成 24 年 3 月までに適格退職年金から順次移行してくると見込まれる多くの年金制度にも対象範囲が広がりました。
私どものように生命保険会社に所属している年金数理人にあっても、従来以上に制度設計や財政運営のご相談といった、よりコンサルタント的な要素の強い業務のウェイトが大きくなってきたように感じます。そういう意味ではコンサルティング会社、監査法人、一般の事業会社に所属している年金数理人と同じ立場に置かれているのかもしれません。
6.これからの年金数理人
昨今、新聞紙上を賑わす事件の中で、一年金数理人として身につまされる思いの事件が後を絶ちません。
ある小売業組合の年金資産運用の失敗は、何よりも年金を受けるはずであった商店主の方々への影響が大きく、目を覆うばかりの惨状です。そこに年金数理人がいたからといってそれだけではどうにかできた問題ではないかもしれませんが、少なくとも外部の第三者が関与することで、一定の抑止力は働いたのではないかと感じます。
これ以外でも、公認会計士による監査や一級建築士による構造計算において、有ってはならないような不正が起こっています。公認会計士も一級建築士も国によって認められたその道の最高の資格であり、そこでもこのようなことが行われているのは驚きです。
海外に目を転じても、イギリスにおいては老舗の生命保険会社の破綻を契機として、アクチュアリーに対する責任・権限の見直しが行われつつあります。
我々年金数理人は、年金数理人制度創設から遅れることわずか半年後の平成元年 4 月 4 日に年金数理人会を設立しました。その後、厚生省・基金等関係者に広く認められるとともに、基金制度における更なる規制緩和が指定年金数理人制度の導入に結びつくなど年金数理人の実在感の向上と法人化の気運が高まり、平成 10 年 5 月 1 日に ( 社 ) 日本年金数理人会の設立が認可されました。現在の内閣総理大臣である小泉純一郎さんが当時は厚生大臣であったたため、社団法人化の祝賀会にお越し頂くとともに、 ( 社 ) 日本年金数理人会の看板の文字を書いて頂きました。今でもそれは新橋の事務局に掲げさせて頂いています。
会では社団法人化と時を同じくして懲罰規定をも盛り込んだ「倫理規範」を制定しました。その前文には次の内容が掲げられています。
「・・・。年金の社会的使命の重要性が高まるとともに、年金数理人の専門的職能とその業務が関与する公共の利益の大きさがあらためて注目されており、年金数理人に対する期待はますます高まってきている。このような社会的要請に応え、年金数理業務に関する専門家としての年金数理人の社会的な信頼を不動のものとするため、社団法人化を期して、ここに、倫理規範を制定する。・・・」
先に延べましたように年金財政運営の主体はあくまでも基金・事業主の皆様方ですが、我々年金数理人は皆様方が年金の世界という大海原で迷うことの無いよう、確かな羅針盤でありつづけるという気持ちで、今後もご一緒に財政運営に当たっていきたいと考えています。
以上
(第一生命保険相互会社 企業年金数理室 小川伊知郎)
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